死刑確定から約2年半程。
これまでの前例(普通は7〜8年程度)からすれば、異例とも言える早さの執行となった。
法務大臣が鳩山さんになってからというもの、これまでにないハイペースで死刑が執行されている。
四半期にだいたい3〜4人ペース。
既に15人以上の死刑が執行された計算になる。
その事自体には何も問題はなくて、むしろ刑法は「刑確定後半年以内の執行」と定めているのだから、むしろ今までが異常だったとも言える。
ここでちょっと補足。
何故法務大臣が変わる事で死刑の執行数が変わるのか。
それは死刑執行に必要な書類があるんだが、その最後の判子が法務大臣のものだから。
つまり、法務大臣がGOと言わなければ、死刑は永久に執行されない制度なのだ。
事実、人を死に至らしめるその責任の重さや、宗教上の理由などで在任中1度も死刑が執行されなかった事もある。
話を戻して、これだけの人数の死刑執行を決断した鳩山さんは、相当に精神的にタフな経験をしただろう。
願わくば、その事を真正面から受けとめていてほしいものだ。
さて、宮崎勤と言えば近年とみに増えてきた、いわゆる「劇場型犯罪」の先駆者とも言える人物。
その残忍な手口や奇々怪々な行動と言動に、当時のマスコミ達は多いに踊らされたもんだ。
その犯行を鑑みれば、当然に死刑は免れないだろう。
その事に何も疑問はないんだが、それと同時に何か1つの終わりを感じた。
もちろん犯人がこの世を去ったという物理的な意味もあるけれど、それ以上に近年の凶悪犯罪のある種のアイコンであった宮崎勤の死は、非常に多くの意味を含む気がして。
繰り返すが、俺は彼に対する死刑判決、および死刑執行には何ら疑問はないし、またそれらは当然の報いとして与えられるべきだと思ってる。
ただ、純粋に彼の死によって一時代の終わりを感じたって話。
うーん…自分でも上手くまとめきれなかったな(´・ω・`)
もしかしたらこのエントリ、後で消すかも。
